西帰浦(ソギポ)毎日オレ市場の語源

西帰浦(ソギポ)は古代耽羅(タンラ)国の領土で、1946年に南済州(チェジュ)郡になって、2006年に西帰浦(ソギポ)市と南済州(ナム・チェジュ)郡が統合して現在の西帰浦(ソギポ)市となった。西帰浦には指名に纏わる話がある。中国秦の方士だった徐市(ソブル)が始皇帝の命令を受け、不老草を探し迷って済州(チェジュ)島に到着した。しかし、不老草を見つけ出せずに帰る途中、正方(ジョンバン)滝の美しさに酔って壁に徐市過此、つまり徐市(ソブル)が 通過したという言葉を残して帰ったという。それで徐市(ソブル)が帰ったという意味である「西帰」、港を意味する「浦」の字が合わさって西帰浦(ソギポ)になったと言う。「オレ」という言葉は済州(チェジュ)島の方言で大通りから家の玄関まで続く狭い道を指すが、市場を含めた近隣地域が済州オレ6コースに含まれ、西帰浦毎日オレ市場と名を変えた。

現在の姿があるまで

済州(チェジュ)島は昔から人々が定着して生活していたが、長い間相対的に孤立していた地域だった。そのため、農業と牧畜、水産業などと主に自然を利用した経済活動をしてきたため、商業活動も制限的だった。また、済州(チェジュ)道には、長い間道路や交通手段が整備されていなかったため、南にある西帰浦(ソギポ)はさらに商業活動で疎外されるしかなかった。それで、旧韓末(グ・ハンマル)に定期市場が開設される前までは公式的な市場は存在してなかった。西帰浦(ソギポ)市地域に市場が生まれたのは1906年、当時の済州(チェジュ)郡主だったユン・ウォング氏が物産の流通を円滑にするため、地方行政区域である面や邑などが中心となる地域で5日ごとに市場が立つ定期市場を開設してからだった。つまり、人たちの必要に応じて自然に形成されたのではなく、当局の要求によって人為的に市場が形成されたのだ。

市場が開設され、道路網が整って行く中、西帰浦(ソギポ)市地域に属した市場は定期的に開かれた。尚、市場はすべて海岸に位置した。1930年代後半の資料を見ると、当時の西帰浦(ソギポ)市地域に開設された市場の中で最も活発だったのは摹瑟浦(モスルポ)市場だった。しかし、市場が開かれる日と都市間の距離を考慮してみると、西帰浦(ソギポ)地域に開設された6つの市場は地理的に中央にある西帰(ソギ)市場を中心に二つに分けられる。